喫煙防止教育パンフレットの解説

  1. 有害物質の吸収、代謝、排泄

    たばこ煙中の諸物質は肺胞から主に吸収されるが、口腔、気道、胃、腸管の粘膜からも吸収される。

    たばこ煙中の主な有害物質のうちニコチン、一酸化炭素(CO)、シアン化水素(HCN)についてはそれぞれ次のように吸収、代謝、排泄される。

    1. ニコチン

      ニコチンの大半は肺から肺胞に入るが、残りは口腔の粘膜や唾液に溶けて胃の粘膜などから吸収され、さらに血液中に入り各臓器に運ばれていく。ニコチンは吸収が速く、喫煙直後から血中に現れて各臓器に運ばれる。肺から脳までは8秒で到達するとも言われている。

      吸収されたニコチンは主に肝臓で、一部は肺と腎臓とで代謝され、主にコチニンとなり、腎臓から排泄される。血中のニコチンの半減期は約2~3時間であるが、コチニンの場合は約17時間で、尿中のコチニンは喫煙後数日間認められる。

      喫煙によって吸収されるニコチン量は1本で多くとも2~3ミリグラムと言われている。(ヒトの場合の経口致死量は50~60ミリグラム)

    2. 一酸化炭素

      一酸化炭素(CO)は赤血球中のヘモグロビンと結合しCO-Hb(一酸化炭素ヘモグロビン)として血中に存在し、全身に運ばれ、また肺から排出される。

      通常、肺から吸い込まれた酸素はヘモグロビンと結びついて赤血球によって全身に運ばれるが、一酸化炭素は酸素に比べ200倍以上もヘモグロビンと結合しやすいため、一酸化炭素が有るとヘモグロビンと酸素の結合が妨げられ、赤血球の酸素運搬能力が低下する。そのため一種の酸欠状態を生じることになる。

      血液中の一酸化炭素ヘモグロビンの半減期は3~4時間である。

      下図は喫煙習慣と吸気中CO濃度との関係を示したものである。健常者142人(非喫煙者27、過去喫煙者20、喫煙者95)の各群平均CO濃度±標準偏差(ppm)は非喫煙者3.9±1.8、過去喫煙者4.4±2.0、軽度喫煙者12.8±4.1、中等度喫煙者20.3±5.7、高度喫煙者37.1±10.3で喫煙者の吸気中CO濃度は1日あたり喫煙本数が増加するにつれ、高くなることが報告されている。(川根博司、日医雑誌 1996)

      喫煙習慣と吸気中Co濃度との関係 [ ]内は1日喫煙本数
    3. シアン化水素(HCN)

      シアン化合物は、酸化酵素の働きを阻害し、組織呼吸に障害をもたらすといわれている。

      たばこ煙から吸収されたシアン化水素の一部はそのまま肺から排泄されるが、大部分は肝臓で毒性の弱いチオシアンとなり、一部は活性型ビタミンB12のハイドロオキシコバラミンと結合してシアノコバラミンとなる。活性型ビタミンB12が不足することで有髄神経に栄養障害をきたすことになり、その結果「弱視」になり易いといわれている。

      *ニコチンやタールの量がたばこの包装紙に表示されているが、人工喫煙による値である。実際の喫煙は人工喫煙とは異なり、喫煙条件の違いによって摂取量はかなり違ってくる。例えば深く吸い込む肺喫煙とふかすだけの口腔喫煙ではニコチンの摂取量は図のように異なってくる。
  2. 健康への影響

    (能動喫煙の慢性影響)

    長期にわたって喫煙を行っていると、各種臓器、組織に障害を起こし、いろいろな疾患を生じやすくなる。特にがん虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)、慢性閉塞性肺疾患(肺気腫、慢性気管支炎)は喫煙による影響が大きく、喫煙関連三大疾患と呼ばれている。

    1. がん

      がんと喫煙との関係については数多くの疫学調査や動物実験がおこなわれてきた。その結果、肺、食道、膵臓、口腔、中咽頭、下咽頭、喉頭、膀胱のがんについては、喫煙との因果関係があると判断されている。

      また最近の研究から、喫煙による発ガンのメカニズムとして、たばこ煙に含まれるベンゾ(a)ピレンなどの発がん物質が体内で活性型に変化したのち、DNAと共有結合をしてDNA付加体を形成し、このDNA付加体がDNA複製の際に、点突然変異やDNA鎖の断裂などの遺伝子変異を引き起こし、こうした遺伝子変異が、がん遺伝子、がん抑制遺伝子、DNA修復遺伝子などに蓄積することにより、細胞ががん化すると考えられている。写真下は、肺の写真である。左は、健康な人のきれいな肺、右は、たばこで汚れ(黒い部分)、がんに冒された(白い部分)肺である。

    2. 循環器疾患

      脳卒中発症のリスクは喫煙により高くなることが明らかになっている。欧米の疫学追跡調査などから喫煙量の多い群ほど脳卒中罹患率が高いことが報告されている。また喫煙により脳の血流量が低下することも報告されている。

      虚血性心疾患の発病のリスクが喫煙により高くなることも疫学研究から明らかになっており、たばこの煙に含まれるニコチンや一酸化炭素が心臓の冠状動脈の動脈硬化を促進させ、虚血性心疾患を引き起こすといわれている。

      右上の写真は、正常な冠状動脈の断面図である。冠状動脈は、心臓に栄養と酸素を送っている動脈で、これが狭くなったりつまると心臓に栄養や酸素が十分に行きわたらず、狭心症や心筋梗塞になる。

      右下の写真は、コレステロールが血管壁の中にたまり、正常な血管内腔がほんのわずかになっているものである。たばこを吸い続けると、このような状態になりやすくなる。(浅野牧茂による)

    3. 呼吸器疾患

      喫煙者は咳や痰が出るうえに、呼吸困難をともなう慢性気管支炎や肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患に罹る危険が高くなる。

      肺の末端には数多くの肺胞があり、ここで二酸化炭素と酸素のガス交換が行われているが、たばこの煙などが入ると、防衛のため細胞の活動が活発になり、たんぱく質を分解する酵素がでる。その酵素を抑制する酵素も出るが、双方のバランスがくずれると、たんぱく質分解酵素が肺胞の壁を破壊。その結果肺気腫が生じると言われている(プロテアーゼ・アンチプロテアーゼ不均衡説)。下の写真は重症の肺気腫の写真である。破壊された肺胞が互いにくっついて大きな肺胞となっている。この状態ではガス交換が十分に行われず、呼吸困難をきたすことになる。

      この他に、喫煙がリスクを高める呼吸器疾患として気管支喘息、自然気胸、呼吸器感染症などが挙げられる。

    4. 胃、十二指腸潰瘍など

      たばこの煙に含まれるニコチンが胃液の分泌を促進させる一方で、胃や十二指腸の血管を収縮させ粘膜の抵抗を弱めるため、胃や十二指腸潰瘍を引き起こすといわれている。

    5. 歯周病

      喫煙で歯が黄色くなるが、それだけではなく歯周病にも罹りやすくなるといわれている。

      歯周病

    (能動喫煙の急性影響)

    たばこ煙の有害物質のうち、生理的に影響を及ぼす主な物質はニコチンと一酸化炭素といわれている。ニコチンは中枢神経系を興奮させ、心拍数の増加、血圧上昇、末梢血管の収縮など心臓、血管系に影響を与える。一酸化炭素は赤血球のヘモグロビンと結びついて、血液の酸素運搬を阻害する。

    下の写真は、サーモグラフィーでたばこの煙を吸った時の手の皮膚の温度変化を示したものである(30秒毎に7服した時に皮膚温度を測定)。喫煙前では温度の高い赤、黄の部分も多いが、喫煙30秒後には、殆ど温度の低い青に変化しており、末梢血管収縮のために、血流量が低下したことを示している。

    喫煙者
    喫煙前
    30秒後
    1分後

    初心者の喫煙時、あるいは非常習喫煙者が短時間に過量の喫煙をした場合には、いわゆる急性たばこ中毒あるいは急性ニコチン中毒に陥ることがある。脱力感、発汗、呼吸困難、悪心、嘔吐のほか頭痛、不安感、顔面蒼白、視力減退、散瞳と縮瞳の交替などが認められる。

    喫煙による主な急性影響として

    1. 循環器系
      血圧上昇、心拍数増加、末梢血管収縮、循環障害(手足のしびれや冷感、肩凝り、まぶたの腫れなど)
    2. 呼吸器系
      咳や痰などが出る他、呼吸器障害による息切れ
    3. 消化器系
      消化不良や食欲低下、口臭、下痢や便秘
    4. 中枢神経、感覚器系
      睡眠障害
    5. その他
      体重減少、運動能力の低下、肌荒れ、胎児への影響など

    (受動喫煙による影響)

    受動喫煙者

    下の写真は副流煙を2秒間吸い込んだ時の皮膚温度の変化を示したものである。受動喫煙でも血流量が低下したことが分かる。

    受動喫煙前
    30秒後
    1分後

    受動喫煙による影響のうち、肺がんとの関係は平山が行った疫学調査によって早くから報告されていた。喫煙する夫をもつ非喫煙女性の肺がん相対危険度は、喫煙をしない夫をもつ者を1とすると、夫が1日20本以上吸う場合、1.9倍にもなるという結果が示されている(右図参照)。

    また、受動喫煙によって副鼻腔がんに罹る率が高くなるという報告もある。

    虚血性心疾患との関係では、受動喫煙によってニコチンや一酸化炭素などの影響も受けて心筋梗塞などに罹りやすくなる報告もある。

    小児においては、母親の喫煙による影響が顕著で、咳や喘息、気管支炎などの呼吸器症状の発現の危険度が増すことが報告されている。


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