文章番号:20077
 
 
第13章 : スキをうかがうエイズ・ウイルス
 

 
 
「HIVは私たちの弱みにつけ込んで拡大する。性について語りたがらない私たちの文化を滋養に成長する。人間社会が古くから抱えるさまざまな弱みを利用し・・・・・・(そして)私たちの精神的な弱点、特に恐怖心と心の狭さをもてあそぶのだ」
−マイケル・H ・マーソン博士、WHO世界エイズ対策本部長(17)
 
   
   
   これまで、世界はエイズと闘うために史上空前の力を結集し、多くの成果を上げてきた。いまでは、ほぼすべての開発途上国で、国家レベルのエイズ・プログラムがWHOの協力で発足している。草の根レベルの活動についても、エイズを専門とする数百の組 織が生まれたり、あるいは、従来は地域開発の分野で活動していた既存の非政府組織(NGO)がエイズ対策にものりだすなど、熱心な取り組みがなされてきた。
     
     しかし、エイズ対策が、数々の難問に直面しているのも事実である。エイズは、社会が古くから抱えるさまざまな亀裂や断層に沿って進行し、貧困や差別といった人類にとってもっとも手ごわい問題につけ入りながら拡大している。HIVは、人間の無知、偏 見、恐怖心、諦め−さらに、むずかしい、恐ろしい現実に遭遇すると、それが通り過ぎるまで、じっと隠れて待っているという人間の性向−につけ入るという意味で、「スキをうかがう」ウイルスである。
     
     
  エイズは他人ごと?
     
 「エイズ以前の流行病が残した教訓のひとつに、ことの重大さを過小評価したり、ましてや否定すると大変なことになる、というのがあります」。WHO世界エイズ対策本部長マイケル・マーソン博士は、1991年のラテンアメリカ・エイズ会議でこう語った。「エイズ・ウイルスの場合は潜伏期間が非常に長いため、軽く見ていると、とりわけ危険なことになります」。たとえば、大勢の人がエイズで死亡する事態が発生したときには、すでにHIVが地域の奥深くまで浸透してしまっているのだ。
     
     現在では、たいていの国がエイズ対策キャンペーンを展開しているが、流行初期にはどの国も対応が大幅に遅れた。おおかたの政府が、社会から強い非難と排斥を受けているエイズという病気が自国内で発生したことを認めたがらなかったからだが、また多くの国が、観光や海外からの投資への影響を恐れたこともひとつの原因である。さらに、戦争、天災、経済問題への対応に追われ、新たな災難を抱え込むゆとりがなかった国もあった。現在もまだそういう国が少なくない。
     
     なかには、エイズは性的逸脱者の病気であり、自分たちの社会にはそうしたものを受けつけない文化や道徳の伝統があるから、エイズの発生はありえない、といまだに主張する国もある。だが、エイズを同性愛と結びつけて考えることは、ひとつの大きな障害となる。同性愛は多くの文化で強くタブー視されており、人々はその存在を認めるよりも、むしろ、自分たちには無縁だとか、「頽廃的な」外国文化に染まった一部の少数派の人々にしか存在しない、と考えがちである。
     
     
 
これまでにHIVの感染を免れた国はないし、今後もエイズの影響を受けずにすむ国はないだろう。HIVの感染につながるさまざまな行為は、多かれ少なかれ、どんな社会でも行われているからだ。
     
     
     また、国によっては、エイズが、同性愛だけでなく、複数のパートナーとの性交、売春、薬物常用といった、社会的規範から逸脱した行動様式と結びつけられている場合もある。いずれにしろ、かりにHIV感染が発生しても、それは社会の周辺にいる少数派グループの内部にとどまり、一般社会に対する脅威とはならないという考えが、エイズ対策の遅れを招いている。しかし、これまでの経験から、こうした考え方は明らかに間違いである。つまり、HIV感染が特定の集団にとどまっている国は、ひとつもないのである。
     
     エイズの存在は、ほとんどの国でこれまで一度は否定されてきた。たとえば、1991年、インドの政府当局者はこう語った。「わが国の伝統的な社会・文化的価値観を考えると、私は、インドではアフリカのようなエイズの急速な蔓延はおそらくないと確信しています」。また1990年、旧ソ連の政府関係者は、「(HIV)蔓延のルーツは、アメリカや西側世界の生活スタイル、際限なく広がる同性愛、薬物常用、そしてセックス好きにあるのです」と発言した。もちろん、この両地域でのエイズに対する考え方はその後大きく変わらざるをえなかった。
     
     

     
  ハイリスクな性行動
     
     いわゆるハイリスクな性行動、つまり複数のパートナーとの無防備なセックスは、普遍的な現象である。
     
     男性間のセックスはどの社会にも存在するし、人間以外の霊長類についても同様の観察結果が報告されている。しかし、男性同性愛が容認されていない社会では、エイズ予防対策は厚い秘密のベールにさえぎられてしまう。世界エイズ対策プログラム(GPA)のハイリスク行動部門のミューリング・ホートンは、それをこう説明する。「多くの国では、結婚して子供を持つことは、個人の選択というよりむしろ社会に生きていくうえでの条件であり、ほとんど逃れることはできません。そのため、同性愛指向の男性の多くは、表向きは世帯持ちとして振る舞い、男性との性的関係を必死に隠し通すことになるのです」
     
     同性愛が厳しくタブー視され、その存在自体が社会的に否定されているアフリカでは、各種の調査から次のような結果が得られた。ボツワナでは、回答者の15%が同性愛の体験があると認めている。ウガンダ東部の面接調査では、586人の対象者のうち18.6%が 両性愛について知っていると答え、16%が男女両方とのセックス経験があると答えた。また、エジプトの性行為感染症(STD)クリニックの面接調査では、対象となった男性の10%が両性愛者で、9%が同性愛者だと判明した。(18)アフリカのシエラレオネ出身の男性同性愛者によれば、「男性同士のセックスは行われているけれど、それを同性愛とは言わないし、これと決まった呼び名があるわけでもありません。ただ、コトが行われるだけです。アフリカのどこでも、大体そんな調子です」ということである。(19)
     
     エチオピアで女性セックス・ワーカーについて調査した社会科学者グループは、アジスアベバの街頭で売春する若い男性−多くは、学資を稼ぐ必要のある学生−が目立って増えているという情報を、意外にも調査対象の女性たちから口々に聞かされて驚いた、と報告している。また、中欧・東欧諸国では、社会的・政治的抑圧を恐れて自分たちの性的アイデンティティを隠していた同性愛者が、旧体制の崩壊後はそれを公然と認め、自分たちの権利を守るための組織化を始めるなど、ゲイ解放の兆しが見られる。
     
     異性愛のリスク行動に関する限り、いかに保守的な社会においても婚外性行動が存在することは、家族計画クリニック、STDクリニック、産院などの記録から明らかになっている。事実、一時的なパートナーとの性行為を、社会通念に合わせるために一風変わった方法で行う場合もある。たとえば、イスラム世界では、「一時妻」の風習が見られるところがある。これによって男性は、セックスのためにひとまず「結婚」し、セックスが終わりしだい離婚することが可能になる。こうして性交は、その社会の法律、宗教、文化が許容する範囲内で行われることになるのである。
     
     もうひとつの否定の形として、こうした行動の存在そのものは認めても、それにともなうリスクの存在については否定するということもある。これは、アメリカやヨーロッパのように婚外異性間性交が当たり前とされる社会で見られる傾向だが、なかには自分の国でHIVが広がったのは婚外異性間性交のせいではないと主張し、感染の可能性を指摘する専門家は大衆を欺いている、と非難する人々がいまだにいる。確かに、こうした国々では、これまでのところ、異性間性交による感染は一部の専門家が予測したほど爆発的には発生していない。しかし、これはむしろ、HIVの拡大を予測することがいかに困難かを示すひとつの例として捉えるべきであるのに、彼らは理不尽にもそれを自分たちの主張の正しさを裏づける証拠と考えている。
     
     それぞれの国が多様な性行為の実態と、それがHIVの拡大にどんな意味を持つのかを十分に認識しない限り、エイズを封じ込めることは不可能である。エイズ教育の効果を上げ、行動様式の変革を実現できるかどうかは、HIV感染について、また自らを守るための予防策について、人々がいかに率直でオープンな議論ができるかにかかっているのだ。
     
     

     
  無知のこわさ
     
世界中で何百万ドルもの資金がエイズ情報やエイズ教育のために投入されてきたが、その目的とするところはなかなか浸透していかない。作り話と誤解がはびこり、多くの人はいまだにエイズなんて自分たちの生活とは無関係と信じている。
     
     
 
  心の狭さとの闘い  
     
  「黒人社会で同性愛という概念が話題にのぼるようになったのは、ごく最近のことです」と、南アフリカ、ソウェトのタウンシップ・エイズ・プロジェクトのサイモン・ンコリは指摘する。「同性愛はいまでもまだタブーで、ゲイに反感を持つ黒人はたくさんいます。ゲイだとわかって、メッタ打ちにされるこも珍しくありません」ンコリは、ヴィットヴァータースラント・ゲイ・アンド・レズビアン・オーガニゼージョン(GLOW)のリーダーのひとりである。GLOWは、南アフリカの広範な解放闘争の一環として、ゲイの権利拡大と、彼らにエイズをはじめとするさまざまな問題について知らせることを目的に、1988年に設立された団体である。「黒人社会における最大の問題は、正確な情報がなかなか伝わりにくいことです。印刷物で情報を伝えたくても、文字を読めない人が多いのでむずかしいのです」と、ンコリは言う。  
  「黒人社会では、ゲイと認めることは、ただちに『エイズ・ウイルスの保菌者』というレッテルを貼られることになります。あるいは、誰かがエイズ患者だとわかると、『でも、彼は確か結婚していたはずだろう。それとも、刑務所にでも入っている間にかかったのかな』という反応が返ってくることもあるのです。教育が足りないからこんな無知がはびこるんです。数年前、私たちがエイズの話をしても、人々は相手にしてくれませんでした。ゲイの男たちからも笑いものにされたものです。みんな、エイズなんて自分には関係ないことだと考えていたからです。GLOWはエイズ撲滅の大キャンペーンを展開し、すべての支部でエイズの討論会を行いましたが、黒人たちは『話す必要なんかない。俺は白人じゃないし、白人の愛人がいるわけでもない』と言って本気で考えようとはしませんでした。それに、自分はアフリカ中部の出身ではないから、エイズにかかることない、と信じてる人もいました」  
  「でも、いまでは、ワークショップも開いているし、以前とは事情が大きく変わったことに勇気づけられます。黒人のゲイも、セックスには用心深くなりました。ただ、物不足は深刻です。コンドームが大切だと話しても、買うには値段が高すぎるんです。薬局では1ダース入りで15ランド[約6米ドル]ですが、普通の人にはとても払えない大金です。しかも、家族計画クリニックに行っても、ゲイには分けてくれません」  
  人間としての尊重と人権を守り、HIVをいかに防ぐか、彼らの闘いの前途はいぜんとして厳しい。南アフリカでは1990年に、アフリカ大陸初のゲイ解放デモが行われた。約800人のゲイが旗をかかげ、コスチュームを着け、音楽をバックに練り歩き、ヨハネスブルグの街はまるでカーニバルの様相を呈した。ところが、そのヨハネスブルグで、GLOWのメンバーでゲイの権利拡大を訴える活動家としても有名なブリティッシュ・スグザバイが、エイズ・ワークショップからTシャツとコンドームの包みを抱えて帰宅したとろを、家族の一員に大型の熊手で滅多打ちにされるという事件が起きた。彼は病院に担ぎ込まれて間もなく息を引き取った。  
スグザバイの友人であるサイモン・ンコリは言う。「スティーブ・ビコ(反アパルトヘイトの黒人活動家で、警察の留置場で死んだ)は、すべての黒人にとって抑圧の悲劇的なシンボルでしたが、スグザバイは、これからの私たちにとってビコのような存在になるでしょう」
     
   
     
     
     
     世界最大のエイズ情報テレフォン・サービスを行っているアメリカの全米エイズ・ホ ットラインには、1990年の時点でもまだ1日平均3000人もの人から、エイズは握手で感染するのか、トイレの便座から感染することはないのか、HIV感染者が素手で配るポプコーンを食べても大丈夫か、といった質問が寄せられている。アフリカの一部の地域では、エイズに冒されると体力の消耗で痩せることを知って、太った女性ならセックスしても「安全」だ、と信じる男性たちがいる。また、HIVに感染した男性でも、処女とセックスすればウイルスがいなくなる、と信じている人々もいる。
     
     このような馬鹿げた誤解が生まれるのは、ひとつには、複雑で互いに矛盾する情報が氾濫しているからでもある。たとえば、HIV感染の疑いのある人たちに接する警官が防護服を着ている写真は、日常的な接触ではHIVに感染しないというメッセージと矛盾している。
     
     時には、こうしたメッセージがある地域の文化的通念と相入れないために否定されることもある。アフリカのエイズ・ホスピスでは「この病気の原因はウイルスだというけど、そんなもの魔法のせいに決まってるじゃないか」と、看護婦の機嫌を損ねないように冗談めかして言う患者がいる。
     
     また、時には、誤った情報や情報源、あるいはそれを伝える「メッセンジャー」への不信感が無知を生むこともある。イギリス、ノーフォークの10代の若者は「マスコミは数字を我々に無理に押しつけているんです。セックスを止めさせようという魂胆から、事実より大袈裟に伝えているんです」と言う。(20)アフリカの一部の地域では、黒人たちは、政府機関から流されるエイズ情報を、黒人の性行動を抑制し、人口増加速度を鈍らせようとする白人の陰謀だ、と見なしている。また、タイの建設労働者は、エイズの話は全部、コンドーム・メーカーが業績を上げるために仕組んだ作り話だ、と見ている。
     
     
 
エイズの脅威を否定しようとする試みは、さまざまな形をとって現れる。バンコク近くの建設現場で働く建設労働者たちは、エイズというのは、コンドーム・メーカーがコンドームを買わせるための作り話に過ぎない、と言う。
     
     
     エイズの存在をなかなか信じられない人が多いのは、彼らがエイズ患者を実際に見たことがないからでもある。その意味では、自分がエイズ患者であることを進んで公表しようとする人たちは、地域社会の人々にエイズ問題を考えさせるうえで、きわめて重要 な役割を果たす。カナダのバンクーバー患者/感染者支援協会代表のドナルド・ド・ガニエは次のように述べている。「エイズ患者をエイズ教育の講師として活用すれば、大きな成果が期待できます。エイズ患者の話には、若者も熱心に耳を傾けるし、その体験は鮮明に記憶に残るからです。公衆衛生関係者の抽象的な話よりも、はるかに効果的ではないでしょうか。しかし、そうした対話が公然とできる場はまだありません。いまはまだ、エイズ患者と名乗れば、人権侵害を受けるのは目に見えているから、名乗り出ろというほうが無理な話です」
     
     
 
  破壊される生活  
     
  エイズ感染者が社会から汚名を着せられ、迫害されるという話は、世界のいたるところで聞かれる  
  ●「世の中の状況を考えると、HIV抗体検査で陽性と判明した人々の記録は、ほかの機密書類と同じく、慎重に秘密を守らなければなりません」。タイ公衆衛生省のエイズ対策部長スパチャイ・ラークガーム博士は、こう指摘する。スパチャイ博士によれば、タイではHIV感染者の自殺が多いという。そして残念なことに、HIV感染者に対する差別は、タイ政府がエイズ流行の初期に展開した教育・情報キャンペーンによって助長されたきらいがある、と言うのである。「私たちは最初、この病気の恐ろしさを伝えようとしたのですが、どうやら、病気そのものへの恐怖でなく、病気に冒された人たちへの恐怖を植えつけてしまったようです。その誤りから多くのことを学んだ結果、現在のエイズ教育キャンペーンでは、HIV感染者やエイズ患者を思いやる気持ちの大切さを訴えています」  
●アメリカのウィリー・ベテリューンは次のように証言する。「支援グループやソーシャル・ワーカーといった頼れる人が誰もいなかったので、私はでるだけ目立たないよう、世間から引きこもっていました。でも、それでもだめでした。私の身内であるにもかかわらず戸口に押しかけ、自分たちの街にエイズは不要だと言って、私を殴ろうとしたんです。
  エイズにかかった私は、まるで人間扱いされなくなってしまった。私が病気そのもので、感情など一切持たない存在とされ、何かを計画したり、目標を持ったり、貢献したりするチャンスをことごとく奪われてしまったのです」(3)  
  ●アフリカ南部で行われた医療関係者の会議で、ある若い男性がこう語った。「私の友人で、ヘルス・ワーカーだった22歳の男性は、マラリアの治療のため入院していました。ある日、見舞いに行ったところ、それまでいた病棟ではなく、ドアに『隔離』というステッカーの貼られた隅の部屋に入れられていたんです。部屋の外へ出ることを禁じられ、トイレの代わりにバケツがおかれていました。何が起こったのかわからず、彼はひどいショックを受けていましたが、看護婦の話では、婦長がスタッフ全員に彼の部屋に入ってはならないと通達したらしい。その日の夜、コンサルタントが彼に、あなたはエイズにかかっており余命が長くないと告げたんです。エイズがどんな病気なのかそれまで聞いたこともなかった友人は、宣告を受けてパニック状態に陥ってしまいました」(21)  
  ●ロンドンの黒人HIV・エイズ・ネットワーク(BHAN)によると、ロンドンのHIV感染者やエイズ患者のなかには、医師やソーシャル・ワーカーに会うのに、知人と出会う恐れのある地元の病院を避けて、わざわざ遠い市の反対側にまで足を運ぶケースが少なくない。そして、これは社会から疎外された少数派民族集団によく見られる現象だという。彼らにとっては、自分のコミュニティーこそが差別の満ちた環境からの避難場所であり、そのコミュニティからも疎外されてしまえば、きわめて悲惨な状態に陥るのは目に見えているからだ。  
     
   
     
     
     エイズ問題への無知、そして問題の存在を否定する態度が、エイズ封じ込め作戦の重大な障害となっている。HIVは日常的な接触や蚊によって感染すると誤って信じ込んでいる人には、性行為や薬物静注の習慣を変えることなど、何の意味も持たないのである。
     
     無知であるために、HIV感染者やエイズ患者に対する恐怖、偏見、差別意識が生まれる。こうした態度は洋の東西を問わず日常茶飯事に見られることであり、ある人権団体が指摘するように、「HIV感染者やエイズ患者は、二重の危機にさらされている」とも言える。「彼らは、死に直面しているだけでなく、生きるための闘いでもしばしば差別に直面します。医療をはじめ、住宅、教育、仕事、旅行など生活のあらゆる領域で差別を受けるからです。普通の病気ならば、家族や、友人、隣人の同情と支えが得られるのに、エイズ患者は恐れられ、忌み嫌われることが多いのです」
     
     
病の歴史を振り返ると、社会が伝染病の原因とおぼしき人々を非難したり隔離するということは、どこでも見られた現象である。天然痘、ペスト、結核といった伝染病の場合、感染者の隔離は−問題はあったにはせよ−これらが日常の接触によって感染することを考えれば、それなりの意味があった。しかし、「接触伝染性」ではないエイズの場合、隔離ははなはだしい人権侵害になるだけでなく、無意味であり、さらには危険を招くことになる。
     
     こうした強い差別意識の影響で、HIV抗体陽性の人たちですら、そのような偏見を知らず知らずのうちに自分も持つようになる場合がある。パリ在住のある若いブラジル人はこう語っている。「HIV抗体陽性者の支援グループの会合に初めて出席したとき、参加している6人を見てびっくりしました。1人は60代の男性で、2人は女性だったんですが、なぜ驚いたかというと、彼らがごく『普通の人たち』だったからです。この会合には、あれこれ思い悩んだ末にやっと顔を出したのですが、それまではきっと変わった連中が集まるのだろうと決めつけていました」
     
     

     
  隔離制度
     
     偏見に満ち、ヒステリックになっている社会に、多くの政府が最初は、HIV感染者を見つけ出し隔離するという対応策を講じる。現に、外国人労働者、留学生、移住希望者に対してHIV抗体検査を義務づけ、陽性者の入国を拒否している国は少なくない。刑務所や病院が、HIV感染者を隔離するケースも多い。また、強制的に抗体検査を受けさせられ、結果が陽性と出た場合には刑務所、収容所、病院などの施設に収容される、といったケースも数多く報告されている。
     
     キューバの事例は、こうした「検査と隔離」を徹底した場合の必然の結果を示している。強制検査プログラムで抗体陽性と判定された人々は、通称「シダトリア」と呼ばれているエイズ患者専用サナトリウムに送られる。収容者は、当局の許可と監督官の「付き添い」がなければ、たまの週末に家族のもとへ帰宅することも、商用で外出することもできなかった。
     
     しかし、キューバでは、この強制隔離策によってHIVの拡大を阻止することができず、サナトリウムが不足する事態となった。HIVを封じ込める唯一の方法は、人々に安全な行動をとらせることだと気づいたキューバ政府は、1993年5月の世界保健総会で、同年の6月をもって強制隔離をやめ、感染者にはサナトリウムでの生活あるいは自宅からの通院治療のいずれかの選択を認める、と発表した。
     
     これからも明らかのなように、HIV感染者・エイズ患者を隔離したり、未感染者と区別するのはまったく無意味である。それどころか、こうした隔離制度はHIVの拡大をかえって助長する恐れがある。なぜなら、それが未感染者に自分は大丈夫なのだという間違った安心感を植えつけ、実際にはHIV感染者をひとり残らず確認する方法などないのに、抗体陽性者の烙印を押されなかった人はそれで安心し、行動様式を変えることなどと考えもしなくなるからだ。
     
     人々に間違った安心感を抱かせるとどんな結果を招くかは、ドイツの例からも明らかである。ドイツの一部の町では、特定のSTDの検査を毎週売春婦に義務づけ、医療検査カードを発行している。客の多くは、このカードを、病気にかかっていないことを証明する「証明書」だと思い込み、コンドームの着用を拒否している。
     
     この問題はドイツだけに限られているわけではない。商用で東南アジアを頻繁に訪れるヨーロッパのある船舶ブローカーには、出先に決まったセックス・パートナーがひとりいる。その彼は、「私の到着日を連絡しておくと、彼女はその直前にHIV抗体検査 を受けるんです。彼女が発行されたばかりの検査カードを持っていれば、私は安全というわけです」と語っている。
     
     実際には、HIV抗体検査の結果が陰性であっても、その人が感染していないという保証にはならない。偽造カードは多くの国で買えるし、そうでなくとも、検査の結果はある瞬間を記録したスナップ写真程度の意味しかないからだ。その人は検査から数日後 、あるいは数時間後に感染するかもしれないし、すでに感染しているのに「ウィンドウ・ピリオド」(血液中のHIV抗体がまだ検出可能なまでに増えていない)の期間なのかもしれない。それに加えて、費用も時間もかかるHIV抗体検査をどのくらい頻繁に受けられるのか、という問題もある。
     
     売春婦の客たちは、自分の健康状態について明らかにする義務もなければ、問題にもされていない。セックス・ワーカーだけに検査を義務づけるこのような規則は、かえって客にコンドームの着用を拒む口実を与え、セックス・ワーカーのHIV感染リスクを高めるだけである。
     
     問題はさらにある。たとえば、エイズへの差別は、未感染者に間違った安心感を抱かせるだけでなく、現に感染している人々、あるいは感染したと思っている人々の口を閉ざしてしまい、切実に必要としているはずの医療福祉サービスを受けにくくしている。 差別は、HIV感染者やエイズ患者を地下に潜らせてしまい、その結果、エイズについてもっとも信頼でき理解のある当事者であり、またエイズとの闘いで貴重な味方となるはずの人々を、沈黙させてしまうのである。
     
     
 
血液供給の安全を確保する以外の目的でHIV抗体検査を強制することは、まったく無意味である。